2011.08.18
時々はむかしの本を ‐『COSMOS』‐読書案内
「星を戴きて往く(ほしをいただきてゆく) 」ということわざがあります。
星がまだ消えていない夜明け前に、家を出る。朝早くから出かける、から転じて「何かに一生懸命頑張っている」「一筋に精励している」ことを指すそうで、くちずさめばなんだか涼しそうな語感です。暑さで朝目が覚めるので、不本意にも早々と会社に行ってしまうこの頃、いかがお過ごしでしょうか。

星といえば三大流星群の一つ、ペルセウス座流星群が先週見頃だったので、ご覧になった方も多いかもしれません。村山斉さんの『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎新書)や、惑星探査機はやぶさの帰還で、今年から来年にかけて宇宙ブームなのだそうです。新聞や普通の雑誌でも当面は特集がいくつも組まれ、宇宙に関する仕事を多くされているライターの方は立て続けの依頼に「まさに宇宙バブル」と仰っていました。
『COSMOS(コスモス)』という本があります。

著者は今からちょうど35年前、1976年の夏から秋にかけて、バイキング火星着陸船チームの一員として100人ほどの科学者たちと火星の探検に携わった、NASA(アメリカ航空宇宙局)の惑星探査指導者、アメリカの天文学者兼SF作家、カール・セーガン。その本は、私たちははるかな宇宙(COSMOS)から生まれ育って来たとして、惑星、太陽、恒星、銀河などへの探検をテーマとしているけれど、それに留まらず、科学とは何か、“知る”とはどういうことか……などについて、神話を引用しながら科学者らしからぬ熱のこもった筆致で綴った一冊で、同名のテレビ番組が日本でも一世を風靡し、1980年当時の宇宙ブームを巻き起こした名著として知られています。
「天文学者が、NASAを導く人がそんなこと言っていいの?」というくらい、ともすると宇宙人の話なども時々出てきてドキッとします。
私は大学時代、昼下がりの神保町の古書店でこの文庫本上下を見つけ、コーヒーショップか何かで本を広げたらあっという間にわくわくと引きずり込まれ、お店を出た時には文字通り星の瞬く(曇っていましたが)時刻になっていました。
いま改めてページを繰ると、当時は目に入らなかったこともずいぶんあります。
「科学の本質は、自己修正的であることだ。新しい実験の結果や、すぐれた考えが、たえず古い謎を解いてゆく」として、カミオカンデで知られる素粒子ニュートリノやクォークについても触れられていました。
自然科学の本などは特に、科学は更新されていくものだから、過去の本にはまちがいも含まれている、と思いがちですが、科学がどんどん細分化され、専門化されて分かりにくくなっている! と、ぼやきがちな昨今だからこそ、もやもやと “なんだか分からないもの” に対して、大胆に切り込んでいく姿は真摯で劇的で、夢中になってしまうのかもしれません。
ちなみに火星の姿を初めて見た当時、
「火星の風景は、足ががたがたふるえるようなものだった。そのながめは、息をのむほどのものだった」
と書かれています。火星は当初、間違って「青い」と発表されていたので、余計にその後に修正された「ピンクと黄色のまじった色」が衝撃だったのです。

「どこかで 信じられない何かが 知られるのを待っている」
という彼の言葉が残されています。
なぜそれを研究するのか、人にとってどう大切なのか。何かの始まりにはいつも、それを選び育てていく葛藤や誇りみたいなものがあります。その初心に触れ、輪郭を知り、エネルギーを取り込んで、さてさて自分はどうしたいのだったかな…と、いまに向き合うと、歴史に背を押されて背筋も伸びるような気がしました。
※『COSMOS』は現在絶版のため図書館でぜひ…
(編集部 MT)




