2011.11.22
ハマりやすい
突然ですが、最近、ハマっているマンガがあります。
『ZUCCA×ZUCA』
簡単にいうとヅカヲタ(タカラヅカにハマった女性たちの哀しくも楽しい日常を描いたギャグマンガ。
私自身は特にタカラヅカ好きというわけではないのですが、
なにかにハマったことのある人間のツボを「あるある!」という力で突いてきて、ヤラレタ! とハマってしまったのです。
中高生の頃、私はサッカーにドハマリしていました。
最初は贔屓の選手を応援していればすむ話だったのですが、見ている時間が長くなれば自然と他の選手も目に入り、他のチームも目に入り、
背番号とチームを覚えているのはもちろんのこと、
「あ、あの後ろ姿は××選手」から、
「あのソックスの下がり方は●●選手」とか
「あらやっぱり×△選手は●×さんより背が低いわ。公式発表サバ読んじゃってv」とか
「あの選手とバスで並んで座ってるから顔は見えないけど△×選手だ」
などと、嫌だわ、書いていて、自分でもストーカーとしか思えなくなってきた、という青春を送っておりました。
ので、
「タカラジェンヌの母校(音楽学校入学前の)を訪ねて写真を撮る」とか
「私が死んだらパソコンは叩き壊してほしい 中を見ずに!」とかいう感情、死ぬほど分かって見過ごせないのです。
「贔屓の選手の母校を高校サッカーで応援する(もうその選手はいないのに)」とか
「身のこなしがきれいなイケメン少年がいたら『ユースに入れ!!!』と念を送る」とか
「好きな選手の高校時代の写真を入手」(一応断っておきますが隠し撮り等法にふれるものではないです)とか
していましたもの。情報化社会怖い! すみません!
…‥ま、私は当時から、死んだらパソコンを引き取ってくれる友人を用意していますけどね。
先に死なれちゃ困るから、複数ね。
とはいえ、なにかに夢中になっていない学生時代を考えると、ひたすらぼーっとする以外なかっただろうと思えば(勉強しろよ)、
好きなことなら夢中になって、日本中どこでもひとりで出かける行動力も瞬発力もついたのでよかったと自己完結しています。
情報の集め方もカンが働くようになるし、情報処理方面も自然と知識がつきました。
いいよなあ、人によっては、これが「部活に熱中! バスケに青春かけました!」なんでしょ? 健全ーと
羨む気持ちもなきにしもあらず、ですが。
残念ながら、一度そういうオタク体質になってしまうと
「一度好きになったものを嫌いになれない」ので、
上記の所業をいまだに条件反射で続けてしまうという残念な副作用は残りますけどね。
おかげで友人たちには「この人に少年を近づけてはいけない」(選手になるよう呪いをかけられる)と認識されています。
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2011.09.12
14歳のころ
JR千駄ヶ谷駅前に東京体育館があり、そこを通り抜けるのが通勤路ですが、時々トラックで中学生らしき生徒たちや、大学生ぐらいの陸上の選手たちが練習に励んでいる姿を目にすることがあります。
スタートダッシュ、腿上げ、ハードル……。
それを見るたびに私は、ほろ苦いような甘酸っぱいような気持ちでいっぱいになるのです。
私事で恐縮ですが、14歳のころの私は、まさに“走ること”が毎日の生活の中心と言っていいくらい、毎日陸上部づけでした。練習と練習の合間に授業があるといった感じで、主従の関係で言ったら、当然、“走ること”が“主”であり、勉強は“従”で、授業は息抜きの時間でした(センセイ、すみません。確か、「ナメてる」と言われたこともありました)。
そこまで打ち込んだ陸上だったのに、学校内では負けナシでもいくらでも早い選手はいるわけで、結局のところ膝の故障やいろいろあって、たいした結果は出せずに終わったのです。
当時、同じ部のYちゃんが、「勉強だったらやれば少しでも効果が表れるけど、運動は努力しても報われない」と言っていたことを今さらながら思い出します。やはり一流になっていくにはそれ相応の条件が必要なわけで、そんなことを知ったのもだいぶ後になってからでした。
私の中学3年生は、人生初めての挫折の時期だったのです。
でも、あのまま突っ走っていったら……、たぶん今頃はきっと体育の先生でしょう。ジャージ姿には結構自信がありますが、性格的にずっとジャージで飽きないわけはなく、こんなふうに著者に会ったり、本を作ったりということもなかったはずです。
挫折は転機のきっかけ。
そう思うと、意味のない挫折などないのかもしれません。
(編集部 RT)
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2011.06.08
ひと との つながり。
ひと の つながり。
「中学生以上、大人まで」を掲げて刊行を展開している当シリーズですが、今日は、「中学生“以前”と大人“になってから”」の話をさせていただきます。
プライベートな話で恐縮ですが、先月、小学校2年生のときの担任の先生に、再会しました。 小学校卒業以来20年ぶりです!
子どもの頃にくらべて太ったし…待ち合わせで気付いてもらえなかったらどうしよう(ソワソワ)…と思っていたのですが、すぐに見つけてもらい、「大きくなったなぁ!」を連呼されました。
先生…たしかに私は女のわりに175cmあってデカイけど、お世辞でいいから「女らしくなって~」とか「きれいになったなぁ」とか言ってほしかったです。
名刺交換をして、お互いの仕事やプライベートの近況を話して……これは、小2のときには成り立たなかった会話。学校の廊下を走って怒られていた人と怒っていた人が、「どうですか仕事の調子は」「そちらは、どうですか」なんて言い合えるときがくるとは! 「社会人」という枠の大きさはスゴイです。
私は長身ゆえに、
「何かスポーツしてた?」
「中学、高校とバレーボールをしてました」
「それっぽい~!似合う~!」
と言われることがしばしばですが、
先生にバレーボール部だったことを伝えると
「え! 意外…。文化系のイメージが。」と。
…そうですよね、私、ヒョロッヒョロのガリガリだったし、足も遅かったし、さか上がりもできなかったし、年間で50日くらい休むほど体が弱かったし。
「…ちゃんと(辞めずに)できたの」
「試合に出してもらえる程度には頑張りましたよ」
「そうか~。頑張ったな~(感慨深そう)。」
そう、私は小学校低学年の頃、体が弱くて学校を休んでばかりで、一回休むと、長引いて1週間~10日間くらいは休んでいました。
小2の“10日間”は長いです。
授業が進んで知らない話になっているのは当然のこと、休憩時間に流行っている遊びも変わるし、女子のグループが休む前と変わっていることもあって、アレ?こんな感じだったっけ?と戸惑うことも。
展覧会用の図工作品が作り終わらなくて、前日に居残りして、ようやく仕上げたことがありました。そんなときも、先生は焦らせることもなく付き合ってくれ、途中で私を止めることもなく、作り続けさせてくれました。
「子どもはほぼ例外なく、『かまってほしい』と考えている。いいかえるなら、子どもにとっていちばん恐ろしいのは、大人から見放されることだ。(中略)つまり『君のことを忘れてないよ』っていうサインは絶対に必要なんだよ。」
(14歳の世渡り術『世界一やさしい精神科の本』より)
というように、休みがちでオロオロしていた私を、先生は見逃さずちゃーんと「かまって」くれてたんだなーと思います。おかげ様で、ふてくされることなく大きく大きく育ちましたよ、先生!
***
ところで、上の引用は「ひきこもり」の章からのものですが、『世界一やさしい精神科の本』では“人と人とのつながり”についてしばしば触れながら、現代の「精神医学」についてやさしく解説しています。
人間関係が原因で病んでしまうことも、ときにはあるかもしれませんが、救われる一つのきっかけもまた“人とのつながり”なんだなぁ、と思いました。それは、友人や親かもしれないし、先生や医師かもしれません。
「聞いたことあるけれど、詳しくは知らない」そんなことが詰まっていて、コドモ・オトナ関係なく、興味深い内容。
例え話や解説が分かりやすくてオススメです。
ぜひ、ご一読を!
(編集部AH)
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