『4444』刊行記念 古川日出男ロングインタビュー 読むたびにかたちを変える小説

<3> 読むたびにかたちを変える小説

── 今回のタイトルに並ぶ「4」は日本語文化圏では死を連想させる不吉な数字です。

 そこは恐ろしいほど何も考えていませんでした。途中で指摘されて「ああ、なるほど」と思いましたね。

── 読み進めるにしたがって死の気配が濃厚に漂ってきます。しだいに浮かび上がってくる学校も廃墟感が強かったです。

 ええ、ノーバディな感じは僕の頭の中にもずっとありました。

── そこに今はなき4年4組の学級新聞「4444」が貼られているのが目に浮かぶ。すると、これはまるで恐怖小説として描かれていない『漂流教室』と『恐怖新聞』だと思ったんです(笑)[担当編集注:偶然にも、『4444』のカバー写真の撮影場所はドラマの『漂流教室』の撮影場所と同じでした]

 そうですね。恐怖の土台には対象物が必要とされます。よくある小説のパターンとして、読者を怖がらせるために先に平和を描いておくとか、最後に救いをあたえるために登場人物に不幸をあたえておくみたいなことがあるでしょう。僕はその発想が本当に嫌いで、腹の底から嫌いで。そういう作家の操作は殴りかかりたくなる。恐怖はただ恐怖としてある。そして、恐怖は見えないものだと思うんです。

── 死の取り扱いに顕著ですね。物語に落差をあたえるために登場人物は死んでいるわけではない。ノイズやゴーストと指し示すしかないような死の気配が『4444』には充満し、動いています。

 僕には死んだ友だちもいっぱいいるし、なかには小さいときに死んだ友だちもいる。最近、その親御さんが亡くなったと聞いて、小さいときに死んだ同級生を数年ぶりに思い出したりしたんです。その同級生は空白ではなくて、存在として、異物として、僕の中に入ってきた。死によって欠けたんじゃなくて、逆に入られてるみたいな感覚があって、それは「どんどんちがう俺になっていく」みたいなところにまでもっていかれた。その感覚が『4444』の随所に引き出されているでしょうね。リアルなだけなんです。44週、リアルタイムでリアルに書いていると、全員の記憶がずれているっていうことを書かざるをえなかった。

── その「ずれ」の象徴として『4444』では 1981年がエポックの年ですが、どうして1981年なんでしょう?

 わからないですね。84年にすると『1Q84』になっちゃうから(笑)。大事なのは、1981年にあの教室は誕生したということ。それはもう書かれているから。それ以前には歴史はないんです、おそらくね。

── 81年当時、古川さんは何をしていましたか?

 ああ、演劇を始めた年ですね。『4444』にはひとつ、平然とエッセイが入っています。演劇論を語っている章ですが、「アトム・ラブズ・ウラン」というのは、実際に僕がやろうとして直前でだめになった劇団名なんです。

── 1980年ではなく1981年なのだと作中で強調されています。本作に限らずですが、同じように20世紀と21世紀はちがうと繰り返し強調されますよね。

 2000年と2001年は意味がまったくちがうでしょう? それはみんな共有している感覚だと思うけど、でも、どこまでが20世紀でどこからが21世紀なのか、ミレニアムとはどこなのか。実はみんな把握が異なるみたいに、それを通過することによって実は決定的に世界が半分ずつずれてしまうような、そういった時間の断面を生じさせそうなものが様々にあるんだということを書きたい。ある登場人物が「国境と区境は同じだ」と言うけど、それに近いですね。
 あと、日本の学年の制度っておかしくて、たとえば1980年生まれの人間だけが集まる教室ってないんですよね。1月から3月生まれと、4月から12月生まれの、ふたつの生年が混在する。実際は4月1日生まれが前年度の学年に組み込まれている。そういうずれが気になるんです。

── 何度か読み返したんですが、一回ごとに時間の流れや空間の造形の組まれ方が歪んでいくのを感じました。『4444』は読むたびにかたちを変える小説です。

 「時間はずれる」ということを特定するとおそらく不定形の本になる。だから、読めば読むほどちがう本になるんでしょうね。Webにあったから不定形に見えるんじゃなくて、本にまとめてもなおさら不定形みたいな、そこにいきたかった。

── webで連載を追っていたときは、一章ごとが漂流してネット上に無限増殖していくような、全体像が見えてこない不安感がありました。今回、本というまとまったかたちで読み直してみると、それまで繋がっていなかった細部が実は響き合っているのがわかったのですが、44の章が遍在して、ずれていて、やはりまとまらない。全体の不定形さにより直面もしました。

 Webでは四つの窓という形式で載せていました。あれは僕のアイデアだったのですが、まず最新のものが読めて、そこから前回のものに遡って読んでいく。逆回転してしか読めないんです。本のページのあり方と逆で、まったく逆にしか読めない。
 それに、44章を組み替えれば何種類もの本ができると思うんです。『4444』はぎりぎり著者名を「古川日出男」とつけられるように全体をコンストラクションしていきましたが、ちがう配列になったらまったく別の小説になる潜在力があると思います。そういう意味では、今までなかった作品にはなったのかな。

続きを読む