『4444』刊行記念 古川日出男ロングインタビュー 読むたびにかたちを変える小説

39 だれが同心円の真ん中にいますか?

   
 わたしはSサイズのカップで本日のコーヒーを頼む。
「ホットでしょうか、アイスでしょうか?」
 わたしはホットでと頼む。
 わたしは空いている席に座る。
 わたしはテキストを開く。
 わたしはノートをそれから開く。
 わたしはテキストが意外にむずかしいことに驚いてしまう。
 コーヒーを飲む。
 わたしはノートに人名を書き込みはじめる。
 わたしはコーヒーのカップがその重さを減らしはじめるのを感じる。
 わたしは持っているカップの重さでコーヒーを飲んでいるのだと実感する。
 わたしはノートの白い部分にわざとカップを置いてみる。
 コーヒーの雫が黒い半円のようなものを描く。
 黒い、欠けている円。
 わたしはMサイズのカップで本日のコーヒーを追加注文する。
「ホットでしょうか、アイスでしょうか?」
 また訊かれた。
 また答えた。
 またテーブルに戻った。
 以前のSサイズのカップは片付けない。
 わたしはノートにもっと詳細なデータを書き込みはじめる。
 わたしは人の名前の隣りにいろいろなことを思い出しながら書く。
 わたしは小さな字で書く。
 わたしはMサイズのカップですら重さを減らすのを感じる。
 わたしは飲み干しつつあることを実感する。
 わたしはそのMサイズのカップを片付けない。
「ホットでしょうか、アイスでしょうか?」
 わたしはもちろんLサイズのカップで追加注文している。
 わたしはそれでも同じ二者択一の質問を受ける。
 いいかげん学習しなさい。
 しかし怒鳴らない。
 叱りもしない。
 奇妙な、ちょっと不気味な人間はわたしのほうだと思えるから。
 わたしのテーブルにSとMとLサイズのカップが並ぶ。
 わたしは最後のカップにだけ黒い、熱い液体が入っていることをわかっている。
 わたしはノートの人名に赤い丸を付けたり、青い波線を付けたりする。
 わたしは人物の相関図を作ろうとしてみる。
 わたしは挫折する。
 わたしは相関図の線が引けない。
「片付けましょうか?」
 声がして、店員が親切に言って、SとMのカップに手をのばす。
 二つが宙に浮き、一つが卓上にのこる。
 SとMとL。同じ丸いもの。カップの飲み口に円があるもの。
 それが小から中から大へ。
 わたしは思う、ズーム?
 わたしは思う、同心円?
 わたしは思う、中心……人物?
 ふいに、わたしはわかる。わたしは直観する。わたしは昨日送られてきた案内状をとりだして、それをノートの白い頁にひろげて貼る。同窓会だか同級会だかのそれの、お知らせ。わたしは三つのカップからついに理解して、ついに線を引きはじめる。
 わたし、神様?
「あ。このコーヒー、不味い」
 そうです、神様はやっと気づきました。不味いコーヒー、飲みすぎです!!

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