『4444』刊行記念 古川日出男ロングインタビュー 読むたびにかたちを変える小説
27 いかなる手紙が宇宙のど真ん中で停止したか?
心配事がある。心配事は後ろに置いて、晴人は家を出る。実際には家の前に迎えの車が来ている。それに乗る。運転手に挨拶して、アシスタントらしき若者に挨拶する。若者? 晴人はふと思う。他人を若者なんて感じるって、僕はいつから若者を止めたのか? 晴人はそれから、世界はどうして下の名前でしか僕を認識しないのか、とも思う。例を挙げる。ハルヒト君、ハルヒトさん、ハルちゃん、それからルヒィ……。この手のおぼえられ方って、それでも女性には便利かもしれない、この国では、とふいに日本について考える。結婚してファミリーネームが変わる制度、しかも女の人ばかりが。上の名前で認識していたら、古い、古い知り合いが連絡してきても、だれだかわからない。それを回避するには、下の名前で……。車が幹線道路から、今度はハイウェイ的なところに入った。じきに有料の本物のハイウェイに接続するんだろう、と晴人は漠然と予測している。ずっと車中でラジオが流れているのだと思った、視線を上にあげたら、違った。TVだ。そこに小さな画面があって、電波を受信している。晴人は、そうかTVだったのか、と思う。アシスタントの若者は(やはり晴人は“若者”と脳裡に指し示す)、僕よりも後ろの席で、それを見ているんだろうか。席は三列あった。これは人を運ぶための車だ。あらゆる地点から仕事の場所、つまり「現場」へ。
TVが言う。
新年オメデトウゴザイマス。
TVが笑う。
モウ最高ニオカシインデス。
TVが示す。
サァ番組ニコンナオ便リガ。
どんなお便りだろう、と晴人は顔をあげる。一瞬は外した視線を、そこに、画面に戻す。大写しになっている手紙。葉書ではない、封筒だ。年賀状でも年賀メールでもない、この新年のための……。新年? そうだ年が変わったんだった、と晴人はやっと認識する。そうだ冬にだってなってるじゃないかと続けて認識する。それで、どんな手紙だ? 車が下降する。道路が下向きに傾斜している。地中に入るようだった。トンネル状になった。交通混雑の緩和のための、ある種の立体道路だ。そのトンネルがはじまって、まだ続きそうだ。TVがおかしい。テレビが停まる。停まった? 晴人は少し呆然とする。それからモニターに人工的な案内が、ただの無機的なアナウンスが表示される。『電波が受信できません』と。それから『お待ちください』とも。待つって……いつまで。手紙が停止している。画面に大写しになったそれが、宙に、掛けられたままで。静止画像となって在る。晴人は猛烈に知りたいと欲求する。コンナオ便リはどんなお便りなんだ。その知らせは。だから、さあ、希望を伝えろ。