『4444』刊行記念 古川日出男ロングインタビュー 読むたびにかたちを変える小説
23 だれが待ってるかなんてわからないからわざわざトンネルに入るんじゃないのかな?
おれは葡萄畑のあるところへ行く。
おれは彼女といっしょに行く。
おれは「葡萄狩りはしない」と言う。
おれはワインが好きだし、もちろん彼女もそうだ。
おれは「遠いところに来たな」と思う。
おれは葡萄畑を探す。
おれはその前に、電車でこの土地に来たから、降りた駅から線路沿いに歩いてみる。
おれはトンネル遊歩道があるとの表示を見て、彼女に「全長1・4キロだって」と言う。
おれは知る、そのトンネルは以前はJR中央本線の電車がちゃんと走っていた、そのトンネルは明治時代に開通した、そのトンネルを走っていたのは電車でなかったりもした、蒸気機関車だったりもした、電気を利用しない列車は電車じゃない。
おれは彼女と、トンネルを歩きはじめる。
おれは見る、線路、鉄道標識、天井の煤、きっと蒸気機関車のだ、そしてトンネルの全部が煉瓦積みだ、水がしたたる。
おれは彼女と、三十分、たらたらと歩く。
おれはいろいろと話す。
おれは彼女といろいろと話す。
おれはトンネルの出口についても彼女と話して、実際、出口に到達する。
おれは彼女といっしょに、山を一つ、地中を通って抜けている。
おれは「まぶしいな」と言う。
おれは簡単に葡萄畑にゆきつく。
おれは葡萄を栽培している棚を見る、ハウスを見る、丘を下る、日照を感じる、それがワインを作る?
おれは彼女と手をつないでいる。
おれは舗道と葡萄畑と緑の渓谷がY字型に衝突するところに、バス停を見る。
おれはたっぷりの日当たりと、あざやかな緑のただなかに、十……十五……二十ほどのバス停を見る、だからバス停の標識を、標識群を、その密集を。
おれは「バス停の墓場だ」と彼女に言う。
おれは彼女が「時刻表、ついてる。終点、全部違うね。あ、終バスの時間も。ねえ、みんな錆びてる? ねえ、そうだよね。バス停だって寿命が来たら捨てられるんだ。用済みになったりして、そしてお墓があって。そんなこと、考えたこともなかったなぁ。ねえ、トンネルの先、バス停の墓場だった」と言うのを聞いて、奇跡だなと思う。