『4444』刊行記念 古川日出男ロングインタビュー 読むたびにかたちを変える小説
19 ぜんたい何メートルまで髪の毛は伸びるか?
一万人新聞 夕刊エクストラ
「山岸亜弥さん、宇宙人に 目下逃走中」
日頃から身長が毎朝変わるのではないかと悩んでいた山岸亜弥さん(24)だが、先週、いきなり宇宙人になってしまった。山形県**市での**温泉での入浴後、軽いめまいと皮膚の刺激をおぼえて鏡で確認したところ、両目が「卵型」にメタモルフォーゼする途中で、全身が銀色にきらめきはじめていた。しかも髪の色は脱色した茶から燦然たるオレンジになりだしたという。
「まるで予想していませんでした」と亜弥さんは語っている。
コメントはテープに収められて、編集室に届けられた。
「宇宙的基準に照らしたら、美人です。しかし、あたしは美人になりたかったのか? 自問しても、答えは出ません。あたしは案外いまの自分を気に入っていたのだなと、それを思い知らされる出来事というか、事件でした。もちろん、あたしたちが『いつまでも』あたしたちの容姿でいることはできません。成長というのがそうだし、老化というのが、そうでしょう? ヨッチャンはあの頃あんなに美少女だったのに、二十歳すぎたら凡庸でしょう? それでは、あたしはあたしを取り戻しに行きます」
この後の足取りを本紙の記者たちは追った。驚くべき事実は、市内数軒の美容整形外科における聞き込み調査で判明した。亜弥さんは宇宙人的な一重まぶたを二重に変えて、超太陽系的な鼻の高さを地球的標準に削り、鼻さきの形は関西風にととのえ、さらに「卵型」の両目を念入りにジャパニーズ・スタイルに戻していた。
これをわずか五日間、複数の整形外科医をわたり歩いて行なったのである。
昨日、新たなコメントのテープが編集室に届けられた。
「さまざまな手は尽くしたのですが」——彼女は本紙の記者たちによる調査には気づいていない。そのために“手段”が整形手術であることは語らないでいる——「意外に宇宙人らしさは、表層とは違うところにあるようです。先日、ホテルのラウンジ・バーで、知らない中年男性から『きみ、カニ星雲的にきれいだね』と声をかけられました。あたしが『はあ?』と答えると、カニ星雲とは銀河系内の天体で、略号はM1またはNGC1952なんだよと解説されました。いったい、その蘊蓄がなんだというのでしょう! マッタク! いずれにしても目下、あたしは逃げる以外にないようです。じゃないと、変なコンタクトをされます」
じつは今朝、編集室には亜弥さんと思われる人物からの電話がかかってきた。宇宙的な“美”のうち、オレンジ色の髪の毛だけはお気に入りで、さほど遁走の邪魔にもならない、ギャルっぽいだけだから、とのこと。しかし、時速二センチでは伸びている気がする、とのこと。記者たちの計算によれば、すなわち二日と二時間でおおよそ一メートルに生長している(はずだ)。断髪は亜弥さんの好むところではない。すると、なにが起こるのか? 我々は息をつめて待っている。
【文化部 柳本現】