『4444』刊行記念 古川日出男ロングインタビュー 読むたびにかたちを変える小説

18 いかに神はバビロニアを救い給うか?

   
 みんな。
 正直に書きます。タイムカプセルはもうありません。このメッセージを発見して、全員、激怒するんだと思います。「おまえが犯人だ」って非難するんでしょう。でも、しかたがないとは思いませんか? そのタイムカプセルに全部が入っていなかったら、それは開けてはだめなんだって思いませんか?
 いいですか。
 わたしはタイムカプセルに図鑑の一ページを入れました。先生に世界の歴史について教わって、メソポタミアについて聞いたからです。メソポタミア、そしてハンムラビ王。あの「目には目を歯には歯を」です。あれは流行語になりました。
 おぼえてる?
 みんな、おぼえてますか?
 忘れたでしょう。そんな流行は忘れてしまったでしょう。忘れるはずだとわたしは予感したのです。だからわたしは罪を犯しました。わたしは図書室の本から、その図鑑から、一ページやぶいたのです。
 モノクロ図版の載ったページを。
 石碑の写真です。その石碑に、楔形文字がびっしり、あります。
 つまり、それがハンムラビ法典です。一メートル八〇センチあまりの石碑がそのまま、本なのです。それは図鑑という本に掲載されている本の図版なのです。その石碑はバビロニアの古代都市に建っていたのに——その都市の名前は忘れました、やっぱり忘れた——いまはフランスの、パリの、ルーブル美術館にあります。
 発掘されたものとして。
 タイムカプセルとして。
 ほとんど四〇〇〇年とかのタイムカプセルとして。
 わたしは、だから、タイムカプセルにそのタイムカプセルを入れたのです。そのタイムカプセルの図版の“ページ”を。罪まで犯して。
 ただね。
 掘りおこしてはいけないタイムカプセルも、あるよね。
 時間をよみがえらせるなら完全じゃないと、いけないよね。
 いいですか? 日高英夫君は死んだんです。始業式にはクラスにいて、終業式にはいなかった。日高英夫君の机には最後まで——その終業式まで——花瓶があった。その花を飾る係って、だれだったか、おぼえていますか?
 みんな、おぼえていますか?
 欠けている時間を開けては、だめです。
 バビロニアですら滅亡しました。それでも石碑は残ったの。発掘されたの。目には目を歯には歯をタイムのカプセルにはやっぱりタイムのカプセルを。だとしても。わたしが犯人で、最初から窃盗犯で、そして時間をフリーズさせる側にいます。
 これも愛です。
 そして、わたしが犯人だって、二十年後のみんなもおぼえていますか?
 みんな。

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