16 どのあたりが犬の視線か?

   
 この話を聞いた人間はいない。彼女は毎日身長が変わったそうだ。それは二十一歳の誕生日とともにはじまったそうだ。毎日、目覚める瞬間まで「何センチ」になっているか、わからなかったそうだ。ただし一一一センチより小さかった例はないそうだ。最大で一八二センチだったそうだ。この現象には精神的ななにごとか、たとえば傷が関与しているのだろうか? わたしたちは以前、年齢とともに身長をのばしていた。すなわち年齢と身長はほぼ比例していて、それが十代のある時点までつづいたのだ。その時点をすぎるや、年齢だけはさきに進んで、身長はその場から一歩も動かなくなった。この事実を彼女は重く受けとめすぎたのだろうか? 朝、一五三センチのとき、彼女は中学時代の自分を感じるが、一三〇センチだと小学時代のそれも半ばに戻ってしまうし、土曜日の朝に身長一七八センチだったりすると仮想の二十八歳・ビジネスウーマンを生きているような気になったそうだ。しかし本当は、彼女は犬になりたかった。x歳の自分よりも、すなわち(たいていは)過去に戻る自分よりも、大型犬の視線の高さや、中型犬のそれに。しかし、なかなか体高一一一センチ以上の犬はいない。だとしたら、何センチになって目覚めたらよかったのか? 彼女はいまは身長が変わらない。そして起床のたびに絶望している。この話を聞いた人間はいないのだから、あなたはこの話を聞いていない。

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著者 古川日出男

1966年、福島県生まれ。1998年『13』でデビュー。2002年『アラビアの夜の種族』で第55回日本推理作家協会賞、第23回日本SF大賞をダブル受賞。2006年『LOVE』で第19回三島由紀夫賞受賞。2008年原稿用紙2000枚にも及ぶ大著『聖家族』を上梓。他著書に『ボディ・アンド・ソウル』『gift』『ベルカ、吠えないのか?』『サマーバケーションEP』『ハル、ハル、ハル』などがある。また朗読ギグと称した朗読のライブを行っており、これまで向井秀徳(ZAZEN BOYS)や吉増剛造等と共演。本作『4444』は毎週更新の新作掌編になる。

近況:反響超級。朗読DVD『聖家族 voice edition』が大胆不敵にも付録につけられた「早稲田文学」3号が絶賛発売中です。その刊行を記念して2月27日に青山ブックセンター六本木店で行なわれる市川真人さんのトーク・イベントに、ゲストとして僕が出演することも決まりました。詳細は http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_201002/20100227waseda.html にて。また、2月6日に発売される「新潮」3月号の“作家の日記”特集にも参加しています。昨年8月のとある1週間を記述しています。ふり返るとひじょうに感慨深かったので、ご興味ある方はどうぞ。

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