『4444』刊行記念 古川日出男ロングインタビュー 読むたびにかたちを変える小説

11 四

   
 起立、礼、着席。それじゃあ数字。
 ほら、いやな顔をするな。
 このあいだ言っただろ? おまえたちだって大人になる。下手をしたら、馬鹿な大人になる。馬鹿な大人たちって、どんなか、わかるか? たとえば、こんなことを言い出すんだ。「先生、算数がなんの役に立つの? 先生、数学がなんの役に立つの? そんなものでメシが食えるの? 分数なんておぼえたって、社会人になってから一度も使わないよ。使ったことないよ。こんな勉強、無駄だよ」って。「無駄だったよ」って。
 無駄なのはおまえだよって感じだよな。
 いやぁ、口が悪いか。
 先生はいま、社会人って言っただろ?
 それがまぁ、大人の定義だ。
 社会人っていうのは、お金を稼いでるんだ。
 いいか? お金は全部、数字だよ。なあ、数字がなかったら、お給料の……たとえば二十万円と、二円。そのちがいも消える。
 二円で買えるものは、ないだろ?
 二十万円だったら、どうだ? コンビニに行って、なにをする?
 なんでも、だろ。なんでも買える。
 ほら、数だ。
 そのために算数がある。算数の“算”っていうのはな、もともとはカゾエルって意味なんだ。昔はそうも読んだ漢字なんだ。だから算数が無駄だっていう社会人は、給料たった二円でいろ!
 それでな。
 それからな、問題はなんでも買えるようになるから数字が大事ってことじゃない。もともと数字があるってことだ。どこにあるかっていうと、この世にあるってことだ。いいか、いま何時だ?
 そして、何時に登校した?
 何時に下校する?
 数がないと——つまり——授業だって終わらないぞ。時間は、数字だろ。おまえたちは下校できない。三時が来ないとな! つまり、三が消えたら、おまえたちは……。そして、起立。そう、もう一回起立、そして礼、そして着席。いいか? おまえたちが全員揃っているかどうかは、なにでわかる? 数だ。児童数だ。顔で憶えてるって言うのか? しかしだれか一人が後ろをむいてたら、三人、四人が後ろむきに着席していたら、もうわからない。全員、出席しているのか? それをわからせるのは、数字だろ。
 ほら。
 だからだ。
 数がなかったら、おまえたちは帰れないし、放課後は来ないし、数がなかったら、おまえたちは消える。そして、このクラスから何人消えたのかもわからないんだ。
 わからないんだぞ!
 だから、まず、三からいけ。一人が——いいか、一人ずつが——三人のことを考えろ。それで四だ。それは先生とおまえたち一人の二より大きいし、しかも二で割り切れる。なのに三だ。これだけで、もう……このクラスは迷子にならない。だれも消えない。廊下は走らない。授業中は静粛に。
 そう、おまえたちのその顔、輝いてるな?

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