『4444』刊行記念 古川日出男ロングインタビュー 読むたびにかたちを変える小説

8 どこでアトムは記憶をなくしたか?

   
 十歳で僕は死にました。お父さんとお兄さんが僕を作りました。僕の名前はアトムです。ただ、問題は、僕は十歳の前もまたロボットだったことです。ロボットであることが、僕が「死なない」ための条件でした。そのためのOSも僕は準備しました。そのOSの名前は、アトム・ゼロ。その頃、僕はただの生体で、エンジンは内臓器官、燃料は食物にすぎませんでした。
 夏にはスイカを食べました。
 僕はスイカの種を食べても、故障しなかった。
 ただ、心は壊れます。
 教室は戦場です。
 しかも僕は戦闘用ロボットではありません。
 僕はいつも十分間の休み時間を憎みました。昼休みには、逃げられたけれども。僕のOSには(その頃の僕のOSには)、そう、憎悪回路が組み込まれていたのです。
 しかし僕が死んだのは、教室での——最前線での負傷が原因ではありません。
 どうしたんだっけ?
 何が原因だったんだっけ?
 でも、僕は死にました。十歳です。アラビア数字だったら、1と0。ワン・ゼロ。
 それからお父さんとお兄さんが僕を作りました。お母さんのために、ロボットとして転生させられたのです。僕は前の僕にそっくりです。ただし、僕はロボットでしかありません。そのボディは生体ではありません。もちろん毛髪や爪、そうした「収集可能」なものは、細胞組織でできていますが。そう、僕の髪の毛は、集められた髪の毛です。燃料はガソリンスタンドで補給できます。食事は不可です。名前は、変わりました。同じ名前をつかったら、お母さんの頭がヘンになるから、と言われて。
 ですから昔の名前、英夫、は消えて、いまの僕はアトムです。
 人間型ロボットの、日高アトム。
 もちろん旧いOSからこの目下の名前は採られました。では、僕のいま現在のOSはアトム・ワンなのかといえば、違います。僕の(このロボットの、脳の)OSはマッキントッシュです。残念ながらウインドウズとの互換性はありません。お兄さんには、マッキントッシュを採用する以外にすべがなかったのです。お父さんには、配線以外の技能がなかったのです。
 ねじがまわされました。
 僕が完成したときです。
 ただ、それだけでは本物の完成ではなかった。このとき、お父さんがお兄さんに言ったそうです。「あと一つ、必要なのは魔術だ」と。そしてお母さんの“感情”が要請されました。それも強い、強いものが。以前の僕の記憶が、まだ火葬にされていない僕から(亡骸の脳から)移されました。LANケーブルをつないで。
 そして僕は生まれました。
 僕は記憶を反復します。
 ゼロ歳から十歳まで。
 僕は忘れません。忘れられません。
 ある部分をのぞいて。
 その部分って、なんだっけ?
 どこだっけ?
 ロボットはプールでは泳げません。ロボットは時計を必要としません。ロボットは電源を落とされたらアウトです。
 そして僕はロボットです。
 それで?
 それで僕はどうなったの?
 ここはどこ?

続きを読む