『4444』刊行記念 古川日出男ロングインタビュー 読むたびにかたちを変える小説

5 なに食べたって訊かれたらなに食べたって答えるつもり?

   
「えっと、名前。ユキシタだったよな? 雪の下。おれ、ホモセクシュアルについて考察したんだ。男と男と。どう惹かれて、どこをめざすのか? めざすって、達成ってゆうか。一体化じゃないのかって思って。たとえばさ、男と女がノーマルだとして、それはやっぱり、一体化を達成するわけだろ? だから凸と凹でさ、おたがいを埋めて一つになるってゆう」
 男もそうじゃないの?
「うーん、その、精神的な気がするんだよ。相手になりたい、相手と同一化したいって感情が。だって、男が女と恋してさ、相手になりたいと思っても、なれないよ。そうじゃないかユキシタ?」
 女にはなれないから?
「だから、男だと男になれるし。究極、相手そのものになれるんじゃないかって。もともと凸と凹があって、埋めあって一にするんじゃなくってさ、凸と凸ならそのまま重ねあわせて、ほら、一だろ? ちゃんとシルエットがおんなじになって。おれ、だから、おれ」
 じゃあ女と女はどう?
「凹と凹か。うん、それも重なるよ。重なるけど、ユキシタ、おまえは男だろ? おれも男だし、だからホモセクシュアルの話をしてるんだよ。本質に目をむけさせたいってゆうか。相手になる恋ってどんなものかってゆうか」
 怖い話、好きか?
 怪談。
 好きだろ?
 ちょっと、してやるよ。
 旅にでたことがあるんだよ。男同士でさ。島にわたるために船に乗ったんだよ。フェリーだった。おれたち、車で旅行してたから、その車のまま乗船したんだ。
 運転席に乗ったまま。
 おれは助手席にいたんだけどさ。
 おれたちにはまだ違いがあったんだよ。
 ホテルの朝食で、おれは魚はいっさい摂らなかったし、相手はヨーグルトを食べなかった。つまりおれはヨーグルトを食べたし、相手は、なんだったかな、鮭にしようか? 鮭を食べた。
 まだ好みの違いがあったんだよ。
 好みってゆうか、好き嫌い、とくに“嫌い”のほうの。
 食べられないものは食べられないだろ?
 アレルギーとかもあるしな。
 でも、まあ、恋はすすんでたんだよ。
 恋はさ、未知からはじまるんだろ? 相手を知らないで、知らないまま惹かれて。当然、知りたいって思って。知らないことをゼロにしようとする。
 そのために埋めるんだな。
 いろんなこと訊いてさ。
 違わないだろ?
 相手の写真、見たりするだろ。子供のときの。
 かわいい、なんて、いって。
 じっさい、かわいい。
 この子供は、子供のおれなんじゃないか、なんて。
 だんだん思えるんだ。
 しかし、生きてきた場所も、食べてきたものも違うんだよな。
 それを、いま、いっしょにいて、とことん埋めて、いっしょにするんだ。
 もう他人はいない。
 そう、もう他人はいないって思えるぐらい、いっしょにさ。
 で、フェリーだった。
 船ってさ、密室なんだよ。出航すると、でられないだろ?
 おまけに運転席にいて。
 前後にちょっとだけ、ほかの車があるだけで。
 乗っていたのは三十分も、ないな。
 気がついたらさ、運転席におれがいたんだよ。
 助手席にはだれもいないんだよ。
 それで、おれ、思ったんだよ。おれはけさ、ホテルでなにを食べたっけ、って。
 鮭?
 なあ、おれが鮭を食べたんだっけ、ユキシタ?
 でも、返事はなかった。おれがユキシタだったよ。
 おれはだから、泣いたよ。

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